RESEARCH

情報通信

人体を高周波信号の伝送路とする「人体通信」

人体を高周波信号の伝送路とする「人体通信」

スマートウォッチなどのウェアラブル機器の通信ネットワークには2.4GHz 帯の無線技術が利用されています.しかし一般に周波数が高いほど人体に吸収される電磁波のエネルギーは大きく,これらの周波数帯で人体は障害として作用し,人体に接触/近接するウェアラブル機器の通信では問題となります.一方で,人体そのものを高周波信号の伝送路とする「人体通信」という技術があります.人体通信では信号が電極を介して誘電体である人体に入出力されることで通信します.この伝送原理から,人体近傍のみに電界が分布し,高秘匿かつ低消費電力の通信が可能です.さらに,「触れる」動作をトリガにして通信が開始されるため,優れたヒューマンインターフェースとしても期待されています. デモ動画  文献1  文献2  書籍
バッテリレス人体通信 ―セミパッシブ方式とフルパッシブ方式―

バッテリレス人体通信 ―セミパッシブ方式とフルパッシブ方式―

ウェアラブル機器は日常のヘルスケアや電子マネー決済に利用されるため,ユーザが機器を常時装着し動作させる必要があります.しかし,機器に搭載可能なバッテリ容量の観点から充電回数と小型軽量のトレードオフが生じます.この問題を解決するため,バッテリレスの人体通信システムを実現する2種類の方式:(1)人体経由で設置機器からウェアラブル機器に情報と給電を同時供給するセミパッシブ方式,(2)環境に存在する電磁波を人体アンテナで回収し電源とするフルパッシブ方式,を提案しています.セミパッシブ方式で給電源として想定する設置機器(駅改札機や自動販売機)は,電源を介して大地グラウンドに接続されています.このため,ウェアラブル機器同士の通信とは電磁環境が大きく異なり,このモデル化が重要です.フルパッシブ方式は,ウェアラブル機器に搭載できる小型アンテナでは限られた周波数帯域で微弱な電力しか回収できないことが課題です.このため,人体そのものをアンテナ素子とみなし,環境電磁波による発電量を増大する方法を提案しています. 文献1  文献2  文献3
左右分離型のヘッドマウントデバイス用通信システム

左右分離型のヘッドマウントデバイス用通信システム

両耳装用の補聴器では,左右のデバイスがそれぞれ聞き取り音を最適化しつつリアルタイムに通信する必要があります.しかし,現在実用化されている通信方式はGHz帯の高周波を用いており,左右のデバイス(のアンテナ)同士が頭部で遮られてしまう状況では通信が途切れる場合があります.そこで,頭部を信号の伝送路として用いるヘッドマウントデバイス用人体通信システムを提案しています.従来の人体通信が対象とするのはスマートウォッチなど腕部装着型デバイスであり,頭部用に最適化された通信周波数や電極構造の検討が必要です.また,頭部には脳など重要な器官が集中しているので,十分な安全性確保も課題です.補聴器だけでなく左右分離型ワイヤレスイヤホンにも本技術を応用できます.また,イヤリングやピアスといったアクセサリーを使った新しい通信システムも実現できるかもしれません. プレスリリース  文献1  文献2
表面装飾皮革を用いた服飾用アンテナ

表面装飾皮革を用いた服飾用アンテナ

高速・高信頼・低消費電力なWireless Body Area Networkの実現には,高効率に信号を送受信できるアンテナが必須です.しかし,ウェアラブル機器は小型軽量のため,金属で形成される大型アンテナは適しません.さらに,アンテナは人体に近接させる必要があり,通信機器の筐体内にアンテナを配置することも好ましくありません.そこで,皮革素材の表面を導電性材料で装飾し,この皮革を用いた衣類そのものを小型軽量かつ人体に近接配置可能なアンテナとして活用します.アンテナ材料に適した導電性皮革の開発や,衣類上に容易に形成可能かつ高い放射効率を実現するアンテナの設計に取り組んでいます.現在は皮革素材の一部を切り抜いた自己補対アンテナを試作し,アンテナ部の折れ曲がりや装着者の体格/姿勢が通信特性に与える影響を調べています.

医療ヘルスケア

ウェアラブル/インプランタブル環境下統合ヘルスケア

ウェアラブル/インプランタブル環境下統合ヘルスケア

ユーザが身に付ける/埋め込む様々なウェアラブル/インプランタブルセンサを人体を介してネットワークで接続し,あらゆる生体信号を統合的にモニタリングするヘルスケアシステムを開発しています.全ての生体信号はスマートフォンなどに集められ,アプリで管理すると同時に外部サーバで常時監視され,緊急時には医療機関へ自動的に通報されます.特に,通信レイヤと生体信号計測レイヤで周波数,電極,RF回路を共用するなどクロスレイヤ最適化を行うことで,低消費電力かつ低コストのヘルスケアシステムを実現することを目標にしています. 文献1  文献2  文献3
生体電磁応答に基づく非侵襲的な血糖モニタリング

生体電磁応答に基づく非侵襲的な血糖モニタリング

糖尿病の診断や治療には日常の血糖計測が不可欠です.現在は酵素電極による侵襲計測が一般的で, 採血の痛みや手間,消耗品コストが問題となっています.本研究では,生体電磁応答を評価基準とした非侵襲的な血糖モニタリングを提案しています.具体的には,皮膚に貼り付けた電極から体内に電磁波を入力します.血中グルコース濃度の変化は例えば血中イオン電離に影響して血液の電気定数を変化させるため,バイオインピーダンス等の生体電磁応答として現れる.この応答を検出/解析することで血糖推定が可能です. 文献1  文献2  文献3
導電/容量電極ハイブリッド法による自動車運転中の心電図計測

導電/容量電極ハイブリッド法による自動車運転中の心電図計測

自動車運転中に心拍,血圧,眼球運動などの各種の生体信号をモニタリングすることで運転者の状態を把握し,運転を支援する技術が注目されています.例えば心拍間隔(心電図のピーク間隔)の揺らぎスペクトルは活動時とリラックス時で変化することが知られており,運転者の傾眠状態を検出し居眠り運転を防止できます.しかし,実用的な検出精度を得るには少なくとも1分程度は心拍間隔を安定に計測する必要があり,自動車内にあふれるノイズが問題となります.ステアリング両側に測定電極を設置し両手で握ることで低ノイズの心電図を計測できますが,ステアリングを長時間途切れなく両手で把持することは現実的ではありません.本研究では,非拘束かつ測定精度を維持した運転中の心電図計測実現に向け,ステアリングの導電電極とシートの容量結合電極を併用した手法を提案し,高いノイズ抑制効果を実証しています. 文献1
通信システムとアンテナ/帯域を共有可能なバイオインピーダンス脈波

通信システムとアンテナ/帯域を共有可能なバイオインピーダンス脈波

脈波は心臓の拍動にともなう末梢血管系内の血圧・体積の変化で,覚醒度やストレス状態などを検出するのに役立ちます.現在は,赤外光や緑色光を用いて吸収・散乱される光の量から血液の容積変化を検出し脈波信号を測定する光電脈波方式がフィットネストラッカー等のウェアラブル機器で採用されています.しかし光電脈波では,センシングに用いるLEDの消費電力が大きくウェアラブル機器の充電回数が増えること,気温変化による肌の状態変化や運動中の体動ノイズなどに敏感なことなどが問題です.そこで,生体の電磁応答特性を利用した脈波計測技術の確立を目指しています.例えば,手首等に装着したセンサ電極で測定したバイオインピーダンスは,脈波(血管中の血液容積の増減)に対応することを利用し,脈波を測定します.電気的な計測手法を用いるとウェアラブル機器の無線通信部とアンテナ電極や周波数帯域を共有することができ,小型かつ省電力なデバイスを実現できます. 文献1
埋込型医療機器を対象としたインプランタブル人体通信

埋込型医療機器を対象としたインプランタブル人体通信

現代の医療現場では診断精度や患者のQOL向上のために埋込型医療機器を活用することは一般的で,例えばカプセル内視鏡,ペースメーカ,人工心臓などは既に実用されており,医療保険も適用されています.これらの機器は体内と体外間で制御情報やセンサデータを通信する必要があり,従来は医療テレメトリ用の400MHz帯やBluetoothに代表される免許不要の2.4GHz帯の無線通信が利用されてきました.しかしこれらは高周波の放射電磁界を用いた通信方式であり,生体組織での信号減衰に起因する消費電力の増大,悪意ある攻撃者からの無線による不正アクセスに対するセキュリティ周囲の医療機器に対する電磁干渉などが問題となります.このため,埋込型医療機器と親和する通信方式としてインプランタブル人体通信を提案し実現を目指しています.現在は,慢性疼痛治療に用いる腹部埋込型の脊髄刺激装置を想定し,体内の刺激装置と体外の制御装置の間の通信について検討しています. 文献1
生体信号エミュレート電磁ファントム

生体信号エミュレート電磁ファントム

電磁波を用いた生体計測技術は,MRIやCTスキャンをはじめとして医療現場に欠かせないものです.現在でも,マイクロ波ドップラーレーダによる呼吸や心電図計測など新たな技術開発がすすんでいます.こうした電磁的な生体計測の研究では,多くの場合に被験者実験が必要となります.しかし,研究の初期段階における全性の検証や倫理審査の準備には膨大な時間がかかるため,迅速に技術開発をすすめるうえで大きな障害となっています.本研究では,心電図,筋電図,脳波などの様々な生体信号を出力でき,実際の生体と同じように実験を行うことを可能にするツールとして「生体信号エミュレート電磁ファントム」の開発を進めています.本ファントムは生体組織と同様の電気的特性を有する材料で構成され,内部に模擬生体信号生成装置を内臓しています.例えば心電図は心臓の空間的な配置に対する電位差が重要な特徴量となるため,ファントム内部からどのように信号を出力して本物の生体を模擬するかが重要な研究課題となっています. 文献1

ヒューマンインタフェース

生体電磁応答に基づく指識別と拡張入力インターフェースへの応用

生体電磁応答に基づく指識別と拡張入力インターフェースへの応用

スマートフォンなど情報機器の小型化が進み,携帯性は一層向上しています.一方で,小型化によりタッチパネル等の操作面が限定され,携帯性と操作性の間でトレードオフが生じています.この欠点を補うため,生体電磁応答に基づいてモバイル機器を操作する指の種類を識別し,情報入力機能を飛躍的に向上する次世代の拡張入力インターフェースの創出に取り組んでいます.例えば,機器の側面と操作部の裏面に電極を配置して数十kHz~数MHzオーダーの高周波電流を流し,生体インピーダンスやチャネルゲインなどの生体電磁応答を測定する手法を提案しています.ユーザは左手で機器を把持し,拇指球(親指付け根の柔らかな部分)で側面電極に触れます.そして右手の指でタッチパネルに触れることで,電流は「側面電極→左手拇指球→左腕→体幹→右腕→右手指→操作面電極」という経路で流れ,この経路の生体インピーダンスが測定できます.右手のいずれの指でタッチパネルに触れている状態でも,側面電極から右手にいたる電流経路は変わらず,インピーダンスも同様に変化しないため,本測定系で右手各指のインピーダンス特性を分離が可能です.
人体通信によるフルカラーLEDの調光制御システム

人体通信によるフルカラーLEDの調光制御システム

人体通信をわかりやすく説明するためのデモシステムを開発しています.スマートフォン(送信側)に表示されたカラーチャートから好きな色を選ぶと,色情報が高周波信号に変調されて電極から人体に入力されます.人体を介して送られた情報は,マイコン(受信側)に接続された電極で検出され,選択した色にLEDを調光します.このデモシステムで送受信しているのはRGB各色の輝度値,つまりディジタルデータなので,他の情報通信(電子マネー,生体情報,音楽など)にも応用が可能です.また,スマートフォンのアプリやマイコンのプログラミングのみでオリジナルな人体通信システムを実現できる,汎用的な開発プラットフォームとして大学や企業向けにハードウェアを提供する予定です. デモ動画  文献

その他

生体試料のin vitro複素誘電計測

生体試料のin vitro複素誘電計測

生体と電磁波の関係を評価する上で,生体組織の複素誘電応答は最も重要なパラメータです.皮膚,脂肪,筋肉といった組織はそれぞれ異なる複素誘電率の周波数特性をもち,正確な測定とモデル化が必須となります.しかし,kHz~数十MHzの中間周波数帯では,生体組織の複素誘電応答を正確に評価する手法や治具が存在しません.これは生体組織のように電解質を多量に含む試料の場合,クーロン力により測定電極と試料の界面に電荷が蓄積する電極分極を生じ,(試料本来の誘電率とは異なる)極めて大きな誘電率が観測されるためです.この電極分極の影響を低減するため,広い電気化学表面積をもつ多孔質電極の開発や,電極分極を生じない新しい測定方法の確立に取り組んでいます.また,血液などの液体試料計測が可能な機構をもつセルも開発しています. 文献1
生体組織の電気特性を模擬する電磁ファントムの開発

生体組織の電気特性を模擬する電磁ファントムの開発

人体通信や電磁応答に基づく生体計測の技術開発では,被験者実験による評価が必要です.しかし,開発の初期段階では生体安全性や実験の再現性の観点から,被験者のかわりに人体の電気定数を模擬した「電磁ファントム」が利用されます.従来のファントムは300MHz以上の帯域が対象で,筋肉など単一組織で構成されています.このため,アンテナが人体に接触/近接するシステムの評価には適用できません.本研究では,MHz帯以下で生体組織の電気的特性を模擬でき,皮膚,脂肪,筋肉等など複数組織で構成される多層構造ファントムの開発に取り組んでいます. 文献1  文献2  文献3
食肉の複素誘電応答に基づく肉質評価技術

食肉の複素誘電応答に基づく肉質評価技術

市販の食肉には原産地,畜種,部位,消費期限などが表示され,購入の基準となっています.しかし,脂肪交雑,食感,風味といった食肉の「おいしさ」に関する詳細な情報は不明です.本研究では,食肉の複素誘電率が脂肪交雑や熟成の進行状況に依存することに着目し,簡便・迅速・非破壊的な肉質評価技術の開発を目指しています.
研究コンセプト説明用の各種デモシステム開発

研究コンセプト説明用の各種デモシステム開発

展示会などで各研究テーマのコンセプトを説明するため,各種デモシステムを開発しています.電子回路設計やマイコンプログラミングなどの電子工作,スマートフォンやPCのアプリ開発,筐体加工などの機械工作といった一連の技術が必要なため,学生のものづくりスキルアップにもつながっています.